震災遺構仙台市荒浜小を訪ねて

先日、公認心理師仲間と宮城県を訪れました。
研修の一環で今は震災遺構となっている仙台市立荒浜小学校へ

仙台市中心部から東に10キロ太平洋から700mの荒浜小学校。東日本大震災で巨大な津波に飲み込まれます。

鉄の柵はひし曲げられ、車や松の大木をも校舎内に押し込む。
2階まで襲う大きな水のうねりと津波漂流物。1階の天井と柱の隙間に挟み込まれたビールの空き缶、剥がれ落ちた1階の天井、2階の壁やキャビネットに残る水跡

 

 

 

 

海から見ると校舎の反対側にあった体育館の時計
津波が襲った時間で止まっている「とき」

大きな地震が数十年に(確か40年)一度来る、という事で備え訓練もしていた、との事で避難されていた320名は助かりましたが、その巨大さは「まさか」だった様です。

実は少し前の避難計画では体育館が避難所で毛布などの備蓄品もそこにあったそうです。2012年のチリ地震津波の経験を活かして校長先生の判断で震災前に校舎上階にそれらを移動し、避難計画を変更していたとの事。そして3.11その時も初めは自治体毎に避難部屋を2階に割り当てますが、2階までをも襲ってきて上へと屋上へと移動したそうです。もし、当初の予定通りこの体育館に避難していたら、今回助かった320人は全員そこで同じく時を止めていた・・。

予めの備えとその土地その時々の状況を考える事の大切さが伝わります。

屋上へと避難をし、そこから流れていくものをただ茫然と眺める

薙ぎ倒された松林の大木、住宅の屋根、車

『この世の物とは思えない
ただ見ているだけしかできない
考えたってしょうがない』

この言葉が耳に残ります。
大きな喪失。抗えない自然の脅威。

避難してきた320名、屋上からヘリコプターで避難の完了までも雪降る寒さの中27時間もの長い時間を要しました。

自然の力の大きさを直に目にした事。語り部さんと映像の中で被災された方々が語るお姿や声の調子。『百聞は一見に如かず』がこれ程に感じる経験は過去にありません。直接伺えて良かったです。

石巻・大川小でお嬢様を亡くし「小さな命の意味を考える会」で活動されている佐藤 敏郎さんとコロナ休校時にカタリバオオンラインでご一緒していました。

大川小で語り部として活動されているカタリバの校長 敏さんも訴えていた事

『日本で住む以上地震は想定外ではない、
何ができるかを考えて生活し
被災について考える事・語る事・聞く事をやめないで欲しい』

怖い部分には反射的に目を背けたくなる思いもあると思います。
私たちは辛い事に触れてはいけない、と思う事、ひいてしまう事多いです。

それは当事者の方々にとっては決して良い事ではなく、
目をそめけず見ていく、語り続ける。

大切な命を守るために何ができるのか?
大切な心を守るために私たちは何ができるのか?

その事を考え胸に刻みたいと思います。

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